受動である

生きることは受動的だと常々思う。

その状況を受け入れざるを得ない。

孫たちを見ていて思う。

産み落とされた環境の中で生きていくしかない。

生きることと焙煎は同じではないが、

僕の焙煎も受動的。

温度計もガス圧計もない。

ただ釜をぐるぐる回し、煙や音、豆の表情を見て、その都度良かれと思う火加減にする。

そして、ここだと思うところで釜を下ろす。

豆を冷ます。

それだけ。

受動的。

意図はあるにせよ。

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